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小泉八雲が深く愛した古き良き日本人の心の原風景に興味を持ち、深く研究したいと望む方が、楽しく集い合えるところです。

「小泉八雲避暑の家」

小泉八雲は、明治30年(1897年)、初めて焼津を訪れました。泳ぐのに適した海を探していた八雲は、焼津の荒くて深い海が気に入り、以降、明治32年・33年・34年・35年・37年と、亡くなるまで、ほとんど毎年のように焼津の海を訪れ一月余りを過ごしました。

八雲は海を愛し、泳ぎの達人でしたが、八雲にとって夏を「海」で過ごすことは、ただの避暑とか海水浴ではなく、もっと深い意味合いがありました。作家小泉八雲にとって、それは、都市化の進む東京での息苦しい生活から逃れ、創作の新たなイメージを授かる「精霊」に出会えるところでありました。

昭和43年9月、愛知県犬山市財団法人明治村は、静岡県焼津市で水産加工業を営んでいた天野庄平から、当時県の史蹟の指定を受けていたが、百年も経過し老朽化の進んだ一軒の家を譲り受けました。 それから凡そ2年半後の昭和46年3月18日、明治村に五つの建物が新たに加わりましたが、その中にこの家がありました。それが、「小泉八雲避暑の家」です。

この「小泉八雲避暑の家」が奇しくも、この愛知県犬山市の明治村に移築され、その嘗ての姿を今に止めています。 私たちは、世界的な文豪ラフカディオ・ハーンが過ごしたこの貴重な文化財を深く愛し、広く周知させると共に、彼を深く研究する事によって、彼の残した貴重な精神的遺産を継承することを目的とするものです。

小泉八雲は、明治23年(1980年)に来日してから死ぬまで、多くの作品で、消えゆく「美しい日本人の心」を世界に発信し続けましたが、われわれ日本人は、今こそ小泉八雲を学び、日本人としての自覚と誇りを再認識する時ではないでしょうか。

ニュース

2017年06月04日
焼津小泉八雲記念館